重ねてきた苦労って
やっぱり人柄や見た目に、現れると思います。
私の知り合いで
私より一回りくらい年齢が上の方で
まだ子どもさんが小学校中学年、という方がいます。
出産された年齢は、40歳を過ぎてからだったそうで
私が出産した歳よりも、上です。
私の10年後は、あの方のような感じなんだろうな
と、何となくぼーっと想像していました。
子どもにとって決して「若いママ」ではないし
白髪だったり足腰痛かったり老眼だったりしながら
まだ小さい子どもを育ててるんだろうな、と。
その方は、化粧っ気がなくて
性格はサバサバ!裏表が全くなくて
誰とでも気さくに話し、ユーモアのある方。
今まで存じ上げなかったのですが
今日、子どもさんが車いす生活だと、聞きました。
「彼女はねー、車いすなのですよー」と言いました。
「うちの子ねー」じゃなくて「彼女はねー」と言ったのが
印象的でした。
子どもを1人の人間として人格として
ある意味離して見ているかのような、そんな視点を感じて。
歩けない訳ではないのですが、足に不自由があって
大人の足で15分の通学も
子どもさんの足だと1時間近くかかるのだそうです。
なので車いすに乗せての通学なんだそう。
その方の「年季の入った表情」には
そういう背景があったんだ…と知りました。
なるほど、と納得しました。
いつまでも若くいられて、化粧とかネイルとかしてて
白髪なんてあるのか分からないくらい髪もきれいに染めてて
服もおしゃれで、お腹も出ていなくて
キラキラ輝いているママに、なれなくても
自然にそのままに、重ねてきた経験が全て人格となって
それが渋くて深い笑顔に映って
少しの皺やシミがあっても、いつだってあったかくて素敵で
そうだな、私がなるとしたらこっちだな
そう思ったのでした。
歳をとるのって、怖くないんだ。
なんだかそう思えた、今日なのでした。
私は私の自然のままで、いいんだな。