何も悪くない子どもが亡くなるニュースは
もう見たくない。
信号待ちをしていても車が突っ込んでくるのなら
子どもにどう教えればいいというのか。
信号が赤の時でも、車が突っ込んでくることがあるから
気をつけなさいって、教えろというのか。
そんなこと言っていたら、外に一歩も出られやしない。
高齢者の事故が増えている
ノーブレーキで2人の命を落としていながら
逮捕もされず、報道もされなくなった。
世間はそれを忘れてはいけないと思う。
どういった力が動いているのか知らないが
罪は罪。
亡くなった命、そしてご遺族の気持ちを思うと
苦しくてならない。
そんな矢先にまた悲しい事故。
保育士さん達はきっと何が何でも子ども達を守ろうと
してくれていたに違いない。
保育士さん達のメンタルが心配、と思っていたら
保育園側の会見では、泣き崩れる園長先生を責めるような
マスコミの質問。
世間の誰がそれを求めているというのか。
全く信じられない。
保育園。
園庭がない保育園がたくさんあるのが現実です。
私の住んでいる地域でもそうです。
自治体は、偉そうに「保育園を増やしました」という顔をして
造るのは小さな保育園ばかり。
園庭がない保育園ばかり。
育ち盛りの0〜6歳児が、一日中室内でじっとしているのは
なかなか難しいと思う。
だから、近くの公園まで毎日お散歩し、遊びに行く。
これが、現代の保育園の実情です。
だけれど、あまりに「園庭のある保育園」が少なすぎる。
栞の保育園には、園庭があり
それもかなり広い園庭で、運動会も行えるくらいの広さ。
とても古い保育園だから、だと思う。
でもそれが気に入って、私はこの保育園を希望した。
全ての保育園にそれを求めるのは難しいだろう。
大きな保育園、しかも園庭で毎日園児が大声を出して遊ぶ
そんなの反対だと、建てたとしても近隣住民から苦情が来るだろう。
小さい保育園しか作れないとしたら。
せめて。
日光浴とプール遊びが出来る程度の、庭やバルコニー
屋外と同等遊びが出来る程度の、体育館のような部屋と遊具
最低限、それらを含めた施設でないと
「保育園」とは認定しません。
ぐらいのことは、決めてもいいのではないだろうか。
部屋の1室が「保育園」。というような保育園が
あまりに多すぎる。
子どもが減ってきて
小学校も廃校になったり、統合したり
そういったニュースをよく見聞きする。
例えば
空きの教室がたくさんあるであろう、小学校を
保育園として利用することは出来ないだろうか。
そんなの無理に決まっている。どうしてそう言い切れる?
小学生と就学前の保育園児が、同じ建物にいる。
それも、互いにとって良い経験になると思うのだけど。
このままでは
どんどん子どもが殺されていく。
少子化少子化高齢化社会高齢化社会。
どうしたって、高齢者が子どもを殺していく図から
逃れられないではないか。
栞の保育園でも、近所の公園までお散歩する日が
月に1度くらいはあるらしい。
避難訓練で、だいぶ離れた所まで歩く訓練をすることもある。
他人事とは思えない。思ってはいけないと思っている。
私だって、子どもを守れるかどうか分からない。
横断歩道を渡っているのに車が突っ込んできたら
咄嗟に子どもに被さったとしても、二人の娘を守れるか自信はない。
母親なら、自分の命にかえてでも子どもを守ろうと思うだろう。
まさか今朝の「いってらっしゃい」が
最後の声になるなんて、思ってもいないだろう。
想像するだけで、涙が出る。
苦しい苦しい苦しい。
悔しい悔しい悔しい。
何かを根本から変えていかないと
子どもを守れる未来はやって来ないと思う。
何よりも大事なのは、子どもの命じゃないのか。
幼児教育無償化とか抜かす前に
その多額のお金を使って
広い園庭のある安全な保育園を、1つでも多く建てていただきたい。
2019年05月08日
子どもを守るためにどうしたらいい?
posted by ちぃ at 23:08| 日記